啄木かるた 読み札一覧

 計 50 枚
つくゑにゐちを待てど待てど 來る筈の人の來ぬ日なりき 机の位置を此處に變へしは
さほどにもなきを顔あかめ怒りしことが あくる日は さほどにもなきをさびしがるかな
こゝろぼそさを何處やらむかすかに蟲の なくごとき こゝろ細さを今日もおぼゆる
きえゆくけむり空に消えゆく煙 さびしくも消えゆく煙 われにし似るか
ともみなおのがわがこゝろ けふもひそかに泣かむとす 友みな己が道をあゆめり
こゝろかろくも絲きれし紙鳶のごとくに 若き日の心かろくも とびさりしかな
きしべめにみゆやはらかに柳あをめる北上の 岸邊目に見ゆ 泣けとごとくに
あきはなつかし父のごと秋はいかめし 母のごと秋はなつかし 家持たぬ兒に
かのはまなすよ潮かをる北の濱邊の 砂山のかの濱薔薇よ 今年も咲けるや
ことばはいまもかの時に言いそびれたる 大切の言葉は今も 胸にのこれど
じふごのわれの夜寝ても口笛吹きぬ 口笛は 十五の我の歌にしありけり
ふるさとのやまはふるさとの山に向いて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな
こゝろをどりを君に似し姿を街に見る時の こゝろ躍りを あはれと思へ
またいつとなくいつとなく我にあゆみ寄り 手を握り またいつとなく去りゆく人々
にぎればゆびのいのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ
さはればゆびの秋近し 電燈の球のぬくもりの さはれば指の皮膚に親しき
そらにすはれし不來方のお城の草に 寝ころびて 空に吸はれし十五の心
まちなどけふもあたらしき心もとめて 名も知れぬ 街など今日もさまよひて來ぬ
わがなげしまりその昔 小學校の柾屋根に 我が投げし鞠いかにかなりけむ
あるゆゑやらむ遠くより笛の音きこゆ うなだれてある故やらむ なみだ流るゝ
つめたきもののわかれ來てふと瞬けば ゆくりなく つめたきものゝ頬をつたへり
てをやすめては寝つゝ讀む本の重さに つかれたる 手を休めては物を思へり
めにはてもなきドア推してひと足出れば 病人の目にはてもなき 長廊下かな
われなきぬれて東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる
すなをしめしゝ頬につたふ なみだのごはず 一握の砂を示しゝ人を忘れず
わきしなみだのかなしきは 秋風ぞかし 稀にのみ湧きし涙の繁に流るゝ
おもひでのやまかにかくに澁民村は戀しかり おもひでの山 おもひでの川
しづめるかほす雨降れば わが家の人誰も誰も沈める顔す 雨霽れよかし
こがらしよりも呼吸すれば 胸の中にて鳴る音あり 凩よりもさびしきその音
むかしのごとく夢さめてふつと悲しむ わが眠り 昔のごとく安からぬかな
きなるはなさきし學校の圖書庫の裏の秋の草 黄なる花咲きし 今も名知らず
ひとごみのなかにふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聽きにゆく
めとぢめをあけ塗のP戸の火鉢によりかゝり 眼閉じ眼を開け 時を惜めり
ねられぬよるの目をとぢて 口笛かすかに吹きてみぬ 寝られぬ夜の窓にもたれて
あのこゝろもち昨日まで朝から晩まで張りつめし あのこゝろもち 忘れじと思へど
ぐわんじつのあさ何となく 今年はよい事あるごとし 元日の朝晴れて風無し
ぬれゆくをみてさらさらと雨落ち來り 庭の面の濡れゆくを見て 涙わすれぬ
げたなどほしとわかれをれば妹いとしも 赤き緒の 下駄など欲しとわめく子なりし
ともにふみよみその後に我を捨てし友も あの頃はともに書讀み ともに遊びき
とりついばめり愁ひ來て 丘にのぼれば 名も知らぬ鳥啄めり赤き茨の實
じふしのはるに己が名をほのかに呼びて 涙せし 十四の春にかへる術なし
めにあをぞらの病のごと 思郷のこゝろ湧く日なり 目にあをぞらの煙かなしも
ぐわいこくせんが波もなき二月の灣に 白塗の 外國船が低く浮かべり
こゝろいたみてゆゑもなく海が見たくて 海に來ぬ こゝろ傷みてたへがたき日に
もともわれなりしと負けたるも我にてありき あらそひの因も我なりしと 今は思へり
そのたのしさも新しき本を買ひ來て讀む夜半の そのたのしさも 長くわすれぬ
こゝろかすめし手套を脱ぐ手ふと休む 何やらむ こゝろかすめし思い出のあり
くろきひとみの世の中の明るさのみを 吸ふごとき Kき瞳の今も目にあり
にほひみにしむ取りいでし去年の袷の なつかしきにほひ身に沁む 初秋の朝
しうじんはゐて人といふ人のこゝろに 一人づゝ囚人がゐて うめくかなしさ